この人はどんな人なのか

知り合ったばかりの人、長い付き合いの人、接した長さに応じて…というのももちろんありますが、「結構付き合いも長くなったし、いろいろ話したし」なんて思う友人、知人の誕生日から、算命学の命式を眺めてみて、「あれ、こんな人だったんだ」「ここ、気づいてなかった」と思うことが、わりとちょくちょくあります。
とくに、昨年から再び基礎の復習などをみっちり始めたこともあり、今までもよりも読みの詰まりが取れだした分、逆に命式を見て、友人・知人の性格を勘違いしてた…というところが出てきたりして、愕然とすることもしばしば。
占いが絶対に正しくて、自分の感覚の方が間違っている、とはもちろん思っていませんが、それでも占いで出てくる傾向は多かれ少なかれ、その人に内包されているとは思っています。
一方、私個人の感覚のほうは、これまで生きてきた経験から、不本意ながらどうも思い込みが激しいという自覚ができつつあります。で、命式を見て、自分が感じていたのと違う性質が出てくるとやはり、「まだまだ人をニュートラルに見て、理解することができてないな」という自戒が生まれてくるのです。
沸点が低いという自分の性質も、これまた不本意ながら自覚していますので、そこからくる無駄で他人に迷惑な疲労を少なくするためにも、常に落ち着いて、思い込みを持たずに、ニュートラルに人と接して、コミュニケーションをとるということが、これまでもこれからも私の課題。その課題を思い出させてくれるのも、算命学の勉強にハマっている理由の1つと言えます。

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